今回は、音楽ライター・金澤 寿和氏が監修・選曲しているJ-POP/CITY POP関連のコンピレーション・シリーズで2004年に発売されたLight Mellowシリーズ10枚。その中でJ-POP/CITY POP関連5枚の中の1枚、『Light Mellow "Pavement" -TOKUMA Edition-』を紹介します。
シリーズ5枚の中から、『Light Mellow "Splash"』、『Light Mellow "SKY"』、『Light Mellow "Cruise"』、『Light Mellow "Hours"』の4枚は既に紹介しましたので、興味があったら過去の記事を読んでみて下さい。
このシリーズは、新旧を問わずライト・メロウという観点で選曲されたCITY POP、あるいはJ-AORの隠れた名曲を発掘しているのが特徴です。今回は徳間ジャパンコミュニケーションズの音源から選曲されているのですが、どうも徳間という会社とCITY POP、J-AORというイメージが結び付きませんでした。
しかし、実際にアルバムを聴いてみると、そんなイメージを払拭してくれる素晴らしい楽曲が多いので正直驚きました。
『Light Mellow "Pavement" -TOKUMA Edition-』
01. 24th. Street / 井上 大輔
02. 銀色クリアデイズ -White Silver Clear Days- / 堂島 孝平
03. おはよう / カーネーション
04. You're Young / 桑名 晴子
05. 「祭りばやしが聞こえる」のテーマ / 柳 ジョージ&Nadjaバンド
06. 黒い雪 / 鷺巣 詩郎 with SOMETHIN' SPECIAL
07. Quick Talk / 青山 陽一
08. Dream in The Street / 池田 典代
09. 手の中に陽まわりの夏 / 後藤 ゆうじ
10. LOVER'S PARTY / 村松 邦男
11. 二人の帰り道 / サーカス
12. 別れのDress / 桑江 知子
13. Don't Look Back (ふ・り・む・く・な) / BAKER'S SHOP with HARUKO
14. バイバイ ブルース / 茶木 みやこ
15. POLE POSITION / ティナ&ブラウン・ライス
16. ハジメテのハジマリ -Begin The First Beginning- / 堂島 孝平
17. ZA・ZA・ZA / 宮手 健雄
元ブルー・コメッツのメンバーで、作曲家として活躍していた故・井上 大輔が1982年にリリースした井上 大輔名義としては2枚目となる『DAISUKE Ⅱ』に収録されていた01。FUNKYな演奏とは対象に柔らかなポップなメロディーが印象的です。
新世代シティ・ポッパーと呼ばれる堂島 孝平の2004年リリースのアルバム『FIRST BEGINNING』からのナンバー02。80年代のCITY POPを彷彿させるようなキレの良いギター・カッティングで始まる軽快なポップ・チューンです。少し子供っぽい声が残念な気もしますが、作り出される音楽はまさにCITY POPの後継者といった感じです。EPOがコーラスで参加しているのも注目です。
1983年に直枝 政太郎を中心に結成されたカーネーションの1992年のアルバム『天国と地獄』に収録されていた03。ロック色の強いグルーヴィーなナンバーです。
1970年代後半~1980年代にかけて数多くのセッションにヴォーカリストとして参加し、当時のCITY POPには欠かせない重要なヴォーカリストの一人、桑名 晴子の1978年の1stアルバム『MILLION STARS』に収録されていた04。ソウルフルで堂々たる桑名 晴子のヴォーカルが光る1曲です。
ショーケン(萩原 健一)が主演したドラマ「祭りばやしが聞こえる」の主題歌だった05。ソロ・デビュー前の柳 ジョージがヴォーカルで、演奏しているのが大野 克夫を含む当時のショーケンのバック・バンドだったNadjaバンド。スワンプっぽさが特徴の渋いナンバーです。
鷺巣 詩郎が若干21歳だった1979年にリリースしたアルバム『EYES』に収録されていたメロウなバラード曲06。ヴォーカルは須貝 恵子なる女性シンガーですが、なかなかソウルフルな歌声を聴かせてくれます。伊東 たけし、笹路 正徳、仙波 清彦というFUSION人脈のミュージシャンも参加しています。
青山 陽一の2000年のアルバム『EQ』に収録されていた07。アコースティックなサウンドを軸に、グルーヴ感溢れる好ナンバーです。青山 陽一の音楽はこれが初体験でしたが、興味深い存在の一人ですね。
1980年にデビューした女性シンガー、池田 典代の1stアルバム『DREAM IN THE STREET』に収録されていたアルバム・タイトル・ナンバーの08。この曲は、山下 達郎フリークならご存知の方も多いでしょうが、達郎が作曲、アレンジ、演奏に加わっています。以前紹介しましたが、達郎が自分以外のシンガーやグループの為に提供した数多い作品の中から、CD化されていないものを達郎自ら選曲・監修をしたアルバム『The Works Of Tatsuro Yamashita vol.1』にも収録されていました。
09はレアな音源のようです。1982年にリリースされたオムニバス・アルバム『OCEAN PARADISE』に収録されていたという、後藤 ゆうじなる人物のナンバーです。これがご機嫌なCITY POPナンバーなんですが、それもそのはずでアレンジは鳥山 雄司。とにかく鳥山 雄司のギター・プレイに圧倒される1曲です。
村松 邦男が1985年にリリースした2ndアルバム『ROMAN』に収録されていたメロウなナンバー10。ギタリスト、アレンジャー、プロデューサーとして活躍していますが、ソング・ライターとしての非凡な才能を持っていますし、シンガーとしても甘い歌声が印象的で、才能豊かなアーティストですね。
11も貴重な音源です。サーカスが「ミスター・サマー・タイム」でヒットを飛ばした前年、実は男性陣が兄弟ではなく別人だった時代の1977年のシングル曲「月夜の晩には」のカップリングだった曲です。プロデュースは南 佳孝です。作詞・作曲・編曲:南 佳孝によるラテン調のメロウ・ナンバーです。
桑江 知子の通算4作目となる1983年にリリースされた『TOMOKO Ⅰ』に収録されていた12。
桑江 知子の作詞・作曲、アレンジが梅垣 達志によるお洒落なアーバン・テイストのナンバーです。深町 純(key)、富倉 安生(b)、山木 秀夫(ds)、土方 隆行(g)、和田 アキラ(g,solo)、斉藤 ノブ(per)といった豪華面子の演奏が素晴らしいですね。
1980年に桑名 晴子とベーカーズ・ショップとのジョイント作としてリリースされたアルバム『HOT LINE』に収録されていたAORナンバー13。このアルバムのCD化を願っているのですが・・・。
フォーク出身のシンガー・ソング・ライターの茶木 みやこが1977年にリリースした『RAINBOW CHASER』に収録されていた14。叙情フォーク系の茶木 みやこが都会的なサウンドにチャレンジしたアルバムだったらしく、アレンジミッキー吉野を起用、ゴダイゴのメンバーをバックに洒落たCITY POPに仕上げています。
何故CD化されないのか全く解せない女性デュオのティナ。そのティナがブラウン・ライスとのジョイント作でドキュメンタリー・フィルムのサントラ盤『POLE POSITION』(1978年)に収録されていた15。ファンキーな演奏と力強い歌声が魅力です。
堂島 孝平の16は、02と同じアルバムからの選曲です。キャッチーまメロディーを書く才能は、杉 真理を彷彿させますが、個人的には声質が好きではないので、ちょっと辛いです(笑)
09と同じオムニバス盤『OCEAN PARADISE』に収録されていた宮手 健雄のナンバー17。宮手自身何度もセルフ・カヴァーしているという代名詞的なナンバーのようです。たしかにリゾート感溢れるメロウなナンバーです。ここでも鳥山 雄司のアコースティック・ギターを堪能できます。
こういうコンピレーション、オムニバス系のアルバムを色々紹介しているのですが、曲数が多いのでレビュー記事を書くのが疲れますね(笑)
コンピレーション系のアルバムが好きでない人も多いと思うのですが、私は色々と幅広く聴きたいので音のカタログとしてこういうアルバムをよく購入します。今まで知らなかったアーティストに出会えますし、そこからまた新しい感動に出会えることも多いです。
ドライブの時やデジタル・オーディオ・プレイヤーに入れて聴くには、こういうコンピ系のアルバムは重宝します。特にこのアルバムは、この季節に聴いても違和感がありません。
CITY POP、J-AOR系が好きな方にはお薦めです。
だからジャパンレコードは日の丸ニッポン、80年代のジャパネスクブームの中、設立されました。
今残っている音源は、CBSsonyでも日本ビクターでも東芝EMIでもないカラーのタイプばかりです。
柳ジョージはバーボンレコードの看板、繊細なアレンジャーだった鷺巣詩郎はケーシー・ランキンあたりと近かったのではないでしょうか。
実は鷺巣のレコードは持っています。
茶木みやこ、桑名晴子、この辺は好きな人が詳しいでしょう。
関西では今でも活躍のご両人と思います。
本当に徳間という会社は独特ですよね。お洒落という言葉と、どうしても
結び付かないレコード会社です。
しかし、反面個性の強い面白いアーティストを輩出しているのも事実ですよね。
当時は色んな分野で、その分野を得意とするレコード会社が存在してました。
だから、聴く側も色んな音楽を楽しめたのでしょう。
爺臭くて嫌な言葉なんですが、「あの頃は良かった!」(笑)